2008年12月10日
それは本当に偶然だったのか?
ノーベル賞で、光るたんぱく質の発見のことをテレビでもやっている。
「偶然の発見だった」とマスコミはいう。でも本当だろうか?
これは、発見されるべくして発見されてものだと私は思う。
いらなくなった材料を、流しに捨てた瞬間、たまたま海水が逆流して流しに流入してきたおかげで、ものすごく光ったらしい。
でも、その材料が「海水に触れたらものすごく光る」ところまでもっていったのは本人である。
また、ひょっとして海水が触れたら・・・という漠然とした考えがあったからだとも思う。そうでなければ他にすててもいいのだ。
途中行き詰まったとき、ボートに乗ったり、海辺でぼーっとしたり、ただ思いにふけるだけ、という日々もあったという。
おそらくこの「思いにふけるだけ」という時間が重要だと思う。100%の力を24時間持続することはできない。発見は、それまでの努力、思案から生まれ、そして年中集中している状態からは生まれないとあらためて思う次第である。
「偶然の発見だった」とマスコミはいう。でも本当だろうか?
これは、発見されるべくして発見されてものだと私は思う。
いらなくなった材料を、流しに捨てた瞬間、たまたま海水が逆流して流しに流入してきたおかげで、ものすごく光ったらしい。
でも、その材料が「海水に触れたらものすごく光る」ところまでもっていったのは本人である。
また、ひょっとして海水が触れたら・・・という漠然とした考えがあったからだとも思う。そうでなければ他にすててもいいのだ。
途中行き詰まったとき、ボートに乗ったり、海辺でぼーっとしたり、ただ思いにふけるだけ、という日々もあったという。
おそらくこの「思いにふけるだけ」という時間が重要だと思う。100%の力を24時間持続することはできない。発見は、それまでの努力、思案から生まれ、そして年中集中している状態からは生まれないとあらためて思う次第である。